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日本ミュージカル研究会・劇団JMA  学校・一般公演 貸ダンススタジオ                         ダンス教室 & more…..

ミュージカル ヒボコ  ~水と炎と愛の伝説~

ヒボコ タイトル作・作曲・演出 髙井良純

<ものがたり>

時は四世紀半ばごろ。舞台は倭国(わこく)の但馬。各地に豊耕社会を生み出しつつあったが、但馬の地は、たび重なる水害で田畑は泥海と化し、ならず者の横行も加わり、村人たちは不安な日々を送っていた。
そんな寒村に青年がたどり着き、力尽きて倒れた。はるばる新羅(しらぎ)の国から日本海を渡ってきたヒボコである。村長フトミミと妻ヤサハハらの介抱で、ヒボコが持ってきた鉄の小刀に目を見張った。初めて見る鉄器だった。鉄さえあれば岩を砕く事ができるというヒボコの情熱に、マタオの胸はときめいた。だが、岩山には神が宿っているとヤサハハは猛反対、さらに、よそ者に対する村人らの目が冷たくなる中で、マタオは但馬を豊かな国にしたいと願うヒボコにひかれていった。

ある日、ヒボコはマタオに鉄器を造り河口をふさぐ岩山を取り除く大がかりな治水工事を打ち明けた。マタオに思いを寄せていたならず者の親分オットーも協力、まず鉄造りが始まった。火に触れて犠牲者が出たが、村人たちはヒボコから製鉄技術を学び、その炎は村を真っ赤に染めた。

しかし、工事は難航、岩が崩れ落ち、また犠牲者が出た。自身をなくしたヒボコを励まし続けたマタオも心労のあまり病に倒れた。村人もならず者も上之たたりだとおののき逃げてしまった。それでもヒボコはくじけなかった。たった一人で工事を再開したヒボコの勇気ある姿にオットーが感激、次第に協力者が増えていった。「一丸となればできる。」ついに岩山が崩れ、泥水は席を切って日本海へ流れ出した。水の引いた泥海跡には、肥沃な平野がひろがった。わき上がる歓声。ヒボコとマタオは喜びの歌を歌いながら永遠の愛を誓い合った。歓声は古代但馬の夜明けを祝うかのように、さらに高く響きわたった――。


天日槍・アメノヒボコ    出石神社     尾上尚子


ヒボコ:川口竜也 マタオ:髙井さや花
 


注: 下記に記載されている年月日は プログラム発行当時のものです。

但馬人万歳

日本ミュージカル研究会・劇団JMA 主宰 髙井良純

私の古代ミュージカルは、1975年「光をもとめて」(古事記=天の岩戸)、 1992年「邪馬台国物語」、今回の「天日槍物語」で古代ミュージカル三部作の完結という、私にとって記念すべき作品となりました。

但馬の彩展 尾上尚子氏のファンタジックに描かれた絵本「天のひぼこ」、古事記、日本書記等、手に入る限りの関連書を参考に、多くの考古学者の お話を伺い、加えてドラマの主人公ヒボコの故郷韓国に取材、多数の専門家、長老とお会いし御教示戴けた事を心より感謝申し上げます。ただ、このドラマの時代の設定が難しく、記・紀を比べても100年以上の差があり、自分流に4世紀半ば頃と設定しました。ヒボコの 登場した頃は、既に鉄器が輸入され使われていたと考えられるので、より高質の鉄生産を可能にした人物として描いてみました。ヒボコはその鉄で、武器ではなく、円山川の治水工事に必要な強くて硬い 鍬(くわ)や 斧(おの)や 槌(つち)等を生産した結果、村人の生活は想像以上に豊かになったものと考えられます。

ヒボコは外国人であるにも関わらず絶大な尊敬を受けた事は言うまでもなく、村長の娘マタオとの結婚もむべなるかな。治水・鉄と言う硬派の話を縦糸に、 ヒボコとマタオのラブストーリーを横糸に編んでみました。

今回のハイライトは、何と言ってもオーディションで選ばれた出演者、それを支えたボランティアで参加された裏方の方々でしょう。寒い冬も猛暑の夏も、仕事や学業の合間をぬって、良くやり抜いてこられたと思います。 但馬の方は、自分達の事を“タジマジン”と、一寸誇らしげに言われるのをよく耳にします。今日の舞台は、真に但馬人の根性が実現させたと言えるでしょう。

スタッフは、我が国振付界の第一人者である山田卓氏や美術に 板坂晋治氏を始め各階の第一線で活躍されている方々と仕事が出来た事を幸せに思います。

最後になりましたが、この企画にお誘い戴きました宮本範熙氏、お世話になりました但馬ミュージカル制作・上演実行委員会、 但馬・理想の都の祭典実行委員会の全ての方々に、この場をお借りし、御礼申し上げます。

(公演当時のプログラムより転載)



注: 下記に記載されている年月日は プログラム発行当時のものです。

思ってもみない幸運

作家 尾上尚子

但馬とのご縁の始まりは、7年前に出版した絵本『天のひぼこ』でした。それが後にミュージカルなるなんて‥‥思ってもみない幸運に恵まれました。

このたび、ミュージカルにとのことで書いた「天日槍物語」。高井良純氏によって、こんなにスケールの大きなミュージカルに生まれかわりました。高井氏の豊かな感性から創りだされたモダンな音楽にのって、ひぼこは現代の但馬に 甦(よみがえ)ったのです。そして多くの人々に愛され、みんな地元の人たちで創りあげるミュージカル。熱気ある練習風景にじわっと込み上げてくる底力を感じました。但馬と日本ミュージカル研究会の将来に、大いに期待しています。

(公演当時のプログラムより転載)


ヒボコ:川口竜也 マタオ:寺西恵美 @兵庫県立芸術文化センター大ホール

上演記録

1994年
10月16日 午後3時  豊岡市民文化ホール
10月16日 午後7時  豊岡市民文化ホール
10月18日 午後7時  出石町ひぼこホール
10月21日 午後7時  八鹿町民会館文化ホール
10月23日 午後2時  和田山町文化会館大ホール
(ジュピターホール)
10月23日 午後7時  和田山町文化会館大ホール
(ジュピターホール)
10月26日 午後7時  香住町中央公民館文化ホール
10月26日 午後7時  NHKテレビ(CATV)生放送
(以上、「但馬・理想の都の祭典」のイベントとして上演)

11月 3日 午後5時  和歌山県民文化会館
11月22日 午後7時  大阪梅田 シアター・ドラマシティー
11月23日 午後1時  大阪梅田 シアター・ドラマシティー
11月23日 午後5時  大阪梅田 シアター・ドラマシティー


1997年
6月 8日 午後2時  出石町ひぼこホール (兵庫県県民芸術劇場)
6月 8日 午後7時  出石町ひぼこホール (兵庫県県民芸術劇場)
6月21日 午後2時  新神戸オリエンタル劇場
6月21日 午後6時  新神戸オリエンタル劇場
6月22日 午後5時30分  新神戸オリエンタル劇場

2006年
2月18日 午後6時  兵庫県立芸術文化センター大ホール
4月 2日 午後7時  豊岡市民文化会館大ホール


注:下記に記載されている年月日は プログラム発行当時のものです。

おめでとう! 但馬の皆さん

日本ミュージカル研究会25周年  振付家 (故)山田 卓

 ミュージカルは、心が浮き立つような楽しさがあるが、それをつくるには、大変なエネルギーが必要だ。今回の但馬のミュージカルづくりに参加して、二つの力が一つになったように感じた。一つは、但馬では初めてのミュージカルをみんなの手でつくろうと頑張り抜いた但馬の人たちの熱気である。もう一つは、25年の長きにわたって、オリジナル・ミュージカルを創ってこられた高井良純氏と日本ミュージカル研究会の情熱である。地域あげて取り組まれた大作の振付を担当して、私も学ぶことが多かった。おめでとう!但馬のみなさん、日本ミュージカル研究会25周年―。

(公演当時のプログラムより転載)


注:下記に記載されている年月日は プログラム発行当時のものです。

舞台によみがえる 鉄器文化革命

大阪府立弥生文化博物館長・天理大教授  金関 恕

 向こうの山に登ったら、山の向こうは村だった。村には田圃が続き、その先に青い海が広がっている。この詩の景色は小学校で習って以来、目に焼き付いていて、思い出すたびに強いノスタルジアをそそる。出石盆地の景色はもっと大きくて、海への距離も遠いけれど、歌われた日本の原風景をよく保存している。盆地の世界はその地形の中で完結していて、外からの介入を拒もうとする。しかし時には新しい情報や技術をもたらす異界の人々があって、盆地の暮らしは一変する。

 最古の古典である『古事記』は、この改革者を新羅の王子、天日槍だとしている。西日本の各地に流布していた鉄器革命の英雄伝説が出石に集約されたのであろうか。しかし最近この地で行われた発掘調査は、日本における鉄生産の起源地が、丹波から但馬の一帯に当たることを、考古学的に明らかにしつつある。

 この度、神に愛された魅力のある英雄、天日槍の物語が、最新の演劇型式であるミュージカルとして、しかも英雄の子孫たちの手によって上演されることになった。このミュージカルの公演が、かつての鉄器文化革命と同様、全国に劇的な興奮を盛り上げることを期待したい。

(公演当時のプログラムより転載)


注:下記に記載されている年月日は プログラム発行当時のものです。

地域の掘り起こしと学問研究

豊岡市郷土郷土資料館館長 瀬戸谷 晧

 但馬・理想の都の祭典の目的は、究極のところ「地域起こし」や「地域発展の起爆剤」たることだろう。だからこそ今、「文化」が見なおされ、日ごろ「文化」に疎遠な人たちを含めて、「地域の掘り起こし」が、「大但馬展」に、「ルーツを探る探訪団」事業に、また複数の市町の講演会やシンポジウムに、さらにはこの「天日槍物語」に直接・間接活かされることは、いささかのかかわりをもってきたひとりとしてありがたいことである。

 いままで、この但馬でも多くの遺跡が調査され、そして破壊されてきた。その代償として、しかし私達は多くを学び、成果を獲得してきた。この成果は、研究者や愛好者の独占物でなく、まして自治体の所有物でもない。まさに国民共有の財産なのである。そうした意味で、厳密にはすこしばかり問題は残るが、研究の成果を活かし、地域に還元していく営為という観点からは、右のそれぞれはいずれもすぐれた事業といえる。

 それはとりもなおさず、同志社大学の森浩一教授が指摘する「地域に勇気を与える学問」としての考古学や歴史研究がこの但馬に健在なこと、「地域起こし」に有効に作用していることをしめしていよう。

(公演当時のプログラムより転載)